今 週 の 日 課 表

2000年 3月20日〜26日

ひとりで、家族またはグループでお祈りする場合、下記聖書箇所・使徒信経・主の祈りに次いで種々の祈りを適当に

お用いください。なお時間の余裕のあるときは、代祷(祈祷書105〜137参照)をなさる事をお勧めします。

       表中の頁数は新共同訳1989年版以降による。また( )頁数は1987年版による

日/

 

朝 の 日  課

夕 の 日 課

教会暦日名

詩篇

第一日課

第二日課

詩篇

第一日課

第二日課

19

大斎節

第2主日

 

24

29

創世記

41:14〜45

旧P71 (P82)

ヨハネ

 5:19〜24

新P172 (P200) 

 

8

84

エレミヤ

 1: 1〜10

旧P1172 (P1357)

ローマ

6:3〜14

新P280 (P326)

20

※1

聖ヨセフ日

斎日

 

132

イザヤ

63:7〜16

旧P1164 (P1348)

マタイ

 1:18〜25

新P1 (P1)

 

34

歴代詩下6:1〜20,

(21〜23),24〜36

旧P676 (P780)

エフェソ

 3:14〜21

新P355 (P412)

21

※2主教トマスクランマー

斎日

 

61

62

創世記

42: 1〜17

旧P74 (P85)

マルコ

 3:20〜35

新P66 (P76)

68:1〜20

(21〜23)

24〜36

エレミヤ

 2: 1〜13

旧P1173 (P1359)

Tコリント

 5:1〜8

新P304 (P353)

22

 

 

斎日

 

72

創世記

42:18〜28

旧P75 (P86)

マルコ

 4:1〜20

新P66 (P77)

 

119:73

〜96

エレミヤ

 3: 6〜18

旧P1178 (P1364)

Tコリント 5:9〜6,8,(9〜11)

新P305 (P354)

23

 

 

 

 

(70)

71

創世記

42:29〜38

旧P76 (P87)

マルコ

4:21〜34

新P67 (P79)

 

74

エレミヤ 4: 9〜10, 19〜28

旧P1180 (P1367)

Tコリント

6:12〜20

新P306 (P355)

24

 

前夕 斎日

 

95

69:1〜22

(23〜29)

30〜37

 

創世記

43: 1〜15

旧P77 (P88)

 

マルコ

4:35〜41

新P68 (P79)

 

8

138

 

エレミヤ

 5: 1〜9

旧P1182 (P1369)

ローマ人 5:12〜21 新P280 (P325) または

ガラテヤ

4:1〜7

新P347 (P402)

25

    ※3 聖マリヤ

    へのみ告げ日 斎日

 

85

87

創世記

43:16〜34

旧P78 (P89)

へブル人

 2:5〜10

新P402 (P465)

 

110

132

エレミヤ

5:20〜31

旧P1184 (P1371)

ヨハネ

 1:9〜14

新P163 (P189)

26

大斎節

第3主日

 

93

96

創世記

44: 1〜17

旧P79 (P91)

ヨハネ

5:25〜29

新P172 (P200)

 

34

エレミヤ

 6: 9〜15

旧P1186 (P1373)

ローマ人

 8:1〜10

新P283 (P329)

※1聖ヨセフ日 証者

処女マリアの配偶者で、幼き主イエスの保護者。福音書は彼を義人と呼んでいる。主イエスが12歳のとき、 ともにエルサレムの宮に行ったことはきろくされているが、その後彼に関する記事がない。彼は主が成人になった頃、主の手に抱かれ、すべてを感謝しつつ安らかに眠ったと伝えられる。ヨセフは「増し加えられる」との意。女性名にはジョセフィン、ジョシファがある。

 

※2 主教トーマス・クランマー Cranmer,Thomas(英1489 7/2〜1557 5/21) 宗教改革者。カンタベリーの大司教。アスラクトンに生まれ、ケンブリッジに学ぶ。 1530年ヘンリ八世の好遇を受けローマからドイツに遊学しプロテスタントの思潮に接す。帰国後'33年にカンタベリー大司教となり 、ヘンリー八世と王妃カザリンの結婚を無効と断じてヘンリ王の再婚を確認。

以後エドワード 六世の治世にわたって英国宗教改革の中心人物 として国教確率につとめ、式文を制定し、英訳 聖書いわゆる「クランマー聖書」の使用を広め 、聖職者の結婚を許し、ミサを廃した。彼の行 った改革は王権に妥協的で、その行為には無定 見な点が多かったが、旧教徒メーリ・ステュアートの即位に際しては敢然とこれに反対し、一 時は妥協しようとしたが、ついに反逆と異端との名を付られて、 '56年焚刑に処せられた。著作は一般祈祷と聖式の施行」やリドリーとの共著 「四十二箇信条」等があり、現在の英国国教会 の祈祷書、基本信条の基となっている。

 

※3処女マリアへの御告げ日

処女マリアがナザレで大天使ガブリエルから、救い主の母となるという神の御告げを受けたことを記念する日で、ルカ伝1章26〜38にその記事がある。聖ヒッポリタス(235年頃)は既にこの祝日のことをしるしているが、一般にこの日を守るようになったのは 第7世紀の終わりのころである。

(公会の祝祭日 聖ヨハネ修士会より)