今 週 の 日 課 表
2000年 5月1日〜7日
ひとりで、家族またはグループでお祈りする場合、下記聖書箇所・
使徒信経・主の祈りに次いで種々の祈りを適当にお用いください。
なお時間の余裕のあるときは、代祷(祈祷書105〜137参照)
をなさる事をお勧めします。
表中の頁数は新共同訳1989年版以降による。
日/ |
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朝 の 日 課 |
夕 の 日 課 |
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曜 |
教会暦日名 |
詩篇 |
第一日課 |
第二日課 |
詩篇 |
第一日課 |
第二日課 |
1 / 月 |
※1使徒 聖ピリポ 聖ヤコブ日 |
119: 137〜160
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ヨブ 23:1〜12 旧P805 |
ヨハネ 1:43〜51 新P165 |
139 |
箴言 4:7〜18 旧P994 |
ヨハネ 12:20〜26 新P192 |
2 / 火 |
※2 主教 教会博士 アタナシオ |
5 6 |
出エジプト 15:1〜21 旧P117 |
ヨハネ 14:18〜31 新P197 |
10 11 |
ダニエル 2:1〜16 旧P1380 |
Tペテロ 1:13〜25 新P429 |
3 / 水 |
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出エジプト 15:22〜 16:8 旧P119 |
ヨハネ 15:1〜11 新P198 |
12 13 14 |
ダニエル 2:17〜30 旧P1381 |
Tペテロ 2:1〜10 新P429 |
4 / 木 |
※3 モニカ |
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出エジプト 16:9〜21 旧P120 |
ヨハネ 15:12〜27 新P199 |
18:20〜50 |
ダニエル 2:31〜49 旧P1382 |
Tペテロ 2:11〜25 新P430 |
5 / 金 |
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出エジプト 16:22〜36 旧P121 |
ヨハネ 16:1〜15 新P200 |
134 135 |
ダニエル 3:1〜18 旧P1383 |
Tペテロ 3:13〜4:6 新P432 |
6 / 土 |
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出エジプト 17 旧P122 |
ヨハネ 16:16〜33 新P200 |
110:1〜5 (6〜7) 116,117 |
ダニエル 3:19〜30 旧P1384 |
Tペテロ 4:7〜19 新P433 |
7 / 日 |
復活後 第3主日 |
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出エジプト 18:1〜12 旧P123 |
マルコ 16:9〜20 新P97 |
114 115 |
ダニエル 4:1〜18 旧P1385 |
Tヨハネ 2:7〜17 新P442 |
※1 使徒聖ピリポ・使徒聖ヤコブ日
聖ピリポは聖ペテロ、聖アンデレと共に、ガリラヤのベッサイダの人。伝説によれば彼は小アジヤの各地に伝道し、
フリギヤのヒエラポリスで十字架につけられて殉教したという。聖ヤコブと区別して「小ヤコブ」と呼ばれる。
その兄弟も「イスカリオテならざるユダ」と福音書にしるされている。伝説によれば、彼はエルサレムで迫害を受け、
大きな棒で打ち殺されたという。教会史家聖ビードは彼を「主の兄弟」と同一人であるとしている。
東部教会の伝説も同じである。ヤコブは「押しのてける者」との意。英語ではジェームズ。
ピリポは「馬を愛する」との意。英語ではフィリップ。女性名はフィリッパ。
※2 主教教会博士アタナシオ (326年)
アタナシウスともいう。有名なアレキサンドリヤの総主教で、東部教会の四大博士の一人。紀元325年ニケヤで最初の
全公会会議が開かれたとき、アレキサンドリア総主教に随行して会議に出席し、堂々とアリウスの異端と戦って、
「御子は御父と同質なり」との正統信仰を明らかにして、公会を大きな危機から救った。
彼は間もなくアレキサンドリアの総主教に選ばれた、政治的勢力を得た異端者から激しい迫害を受け
四度も国外に追放された。しかしついにアレキサンドリアに帰り、総主教として晩年を安らかに過ごすことが出来た。
彼の著書は今でも読まれている。
※3 モニカ 普通聖女(387年)
ヒッポの聖アウグスチヌスの母。彼女はアウグスチヌスの不道徳と不健全な信仰を嘆いて日夜祈り、
愛子を失った母よりも多くの涙を流したと言われる。「涙の子は滅ぶることなし」とカルタゴの主教から慰められたが、
ついに彼女の祈りがきかれる日が来た。アウグスチヌスは387年の復活前日、ミラノで聖アムブローズから洗礼を受けたばかりでなく、
聖職として生涯を神にささげる決心をした。神は彼女の願い以上のものを与えたもうたのである。
聖モニカは聖アウグスチヌスと北アフリカに帰る途中、オスチアで船を待っているうちに病気になり
、愛子の腕に抱かれて、すべてを感謝しつつ安らかに世を去った。アウグスチヌスが「懺悔録」に自らしるした母の思い出は、
今でも読む人の心に大きな感動を与える。
(公会の祝祭日 聖ヨハネ修士会より)